第8章 認知症のこころ 認知症患者のこころはどのように?2項・自覚しづらい「症状」に不安を覚える
現実をしっかりとらえる礎
「何も痛くも、痒くもないんですよ。だけど何にも分らなくなっちゃうんです」と、寂しげな表情で言われました。
このコラムを書いた最初にお示ししました最初の症状(第2節 最初の兆候)など、膨大に多様である症状は患者様が、感じられた違和感、驚き等々を見て取ることが出来ます。それらは、症状が示しているように驚愕の体験事実なのです。
我が身に生じた異常感覚、行動結果、現実をしっかりとらえる礎が崩れた時の気持ちが症状に表現されています。
「分らなくなっちゃう」は正にその通りだと思います。この世に生まれてから、今までこんな体験はないですから、文字通り「わからない」だと思います。
それが、患者様のすべての原点になり、そこからいろいろな表現となって噴き出していきます。
その時に、現実を捕まえる礎が「馴染みのモノ」「知ったモノ」「分ったモノ」なのです。それが、日々を生きていく道標になるのです。
これらの道標が無くならない様にすることが、患者さんの日々の安心につながり、不安で繰り返される普段と違う行動は減っていきます。
とりわけ大切なのが、パートナーです。自分の存在を証明して、あらゆることを分かってくれているこの世で一番大切なヒトです。その為に、絶えず後を追って視界の中に必ず入れておきたい気持ちになるのです。
“怒鳴る“”大声を上げる“はそのための究極の表現なのです。そこまで大きな声で言葉を言うのは、そうしないと通じないのではなかろうか、分ってもらえないのではなかろうか、居なくなるのではなかろうかという切なる思いで駆り立てられた行動なのです。
痛くも痒くもなく実感が乏しい
認知症では脳機能が障害されます。
情報をつないでいた神経細胞間の結合部分のシナプスが情報を伝えなくなり、働いていた神経細胞が死んでしまいます。その為に情報が伝わらず、必要な情報なしで情報処理がなされて、感じるモノが以前と違い、行った行動がイメージと違うことになりますが、何故だかは分らないのです。
「ひょっとしたら、認知症?」と考えるのが始まりで、それさえ考えられない時は「年かな?」くらいの感じ方なのでしょう。
医療機関へ行って検査を受けて、こうですよと説明されて初めて「認知症かあ」と実感なく頭に浮かび、帰宅道々で少しづつそう言えば思い当たるよな、ふーん認知症なんだ。と他人事のように思うわけです。
だって病気でも痛くも痒くもないのですから、実感が乏しいのです。
他人との会話が自分の状況を整理するきっかけに
脳機能の低下は、じわじわとすごくゆっくりと進んで来ますので、日々の生活では分らないことがほとんどでしょう。
アレッと思っても、まあ年齢が年齢だからなと自分なりに納得して、またの機会にまた同様な思いを同じ処理でやり過ごしてしまう。
これが、いろんな様々の事柄で起ってきて、あれッ最近はどうも変だなと実感し、自覚されるとヤバいとなって、ソワソワし始める。
嫌だけど避けられないページをめくっていかずにはいられない気分の、なんとも言えない感じの悪さを沸々と覚えるのです。
自分のことをよーく分ってくれるヒトが、何でも相談できる信頼できるヒトが、そばに居て話が出来たら次のページをめくる勇気が湧いて、背中を押してくれる。そういう優しさの中にいれば、ヒトは次への行動がとれるでしょう。日常では、他人との会話が自分の考え、思う事柄を確認させてくれるのです。
占部 新治(うらべ しんじ)
- 経歴
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- 1976年
- 北海道大学 医学部 医学科卒業
- 1980年
- 北海道大学 大学院 医学研究科生理系修了 医学博士
- 1980年
- 北海道大学 大学院 医学研究科生理系修了 医学博士
- 1981年
- 北海道大学 医療技術短期大学部 理学療法学科 助教授
(現:北海道大学 医学部 保健学科)
- 1995年
- 札幌医科大学 精神医学講座 講師 外来医長
- 1999年
- 札幌医科大学 保健医療学部 作業療法学科 教授
- 2001年
- 札幌医科大学 大学院 保健医療科学研究院 教授
- 2007年
- 北海道大学 大学院 保健科学研究院 教授
- 2011年
- 京都 三幸会 北山病院 副院長
- 2013年
- 京都 三幸会 第二北山病院 副院長 現在に至る
- 専攻領域
- 精神医学、 神経科学、 リハビリテーション医学
- 主な著訳書
- 日経サイエンス「 運動の脳内機構」 E.V.Everts著
- 主な著書
- 臨床精神医学講座 S9 アルツハイマー病(中山書店)、精神医学 標準理学療法学・作業療法学 専門基礎分野(医学書院)、「学生のための精神医学」(医歯薬出版)
- 所属学会
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- 精神神経学会 専門医、専門指導医
- 老年精神医学会専門医、専門指導医
- 認知症学会専門医、指導医
- リハビリテーション医学会 臨床認定医
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