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株式会社ニック

コラム

現役ケアマネのリレーコラム【第4回】

ケアマネージャーのホンネを毎月更新!

K居宅介護支援事業所 北海道
鈴木美由紀さん

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最後の砦

はじめに

ケアマネリレーコラムということで皆様の投稿を読ませて頂き、「なるほど~」「さすがだな~」などと感動しながら、たくさんのご経験あるお話ばかりでどうしましょうという感じで書き始めています。
ケアマネになってたった3年の私。ニックさんのコラムへ投稿するなんて我ながら大それたことをよくも引き受けたものだと思いながらも、バトンを受け取りました。(実は今、右手首を骨折し左手のみでPCを打っています。笑)

最近の私

私は今、進行性難病(ALSや多系統萎縮症等)や末期がんの方たちと関わりが多く、通常の介護保険サービスに加え、医療との連携はもちろんのこと、障害福祉サービスを併用するなど日々変化していく身体状態に合わせ、色々な制度の調整を行っています。今の職場に入るまで障害福祉には関わりがなかったため、関係者の方々から情報をもらいなんとか1年が経とうとしています。

昨日できていたことが今日できない、そんな状態のご利用者にとって、身体状態にあった福祉用具の選定や調整でのレスポンスの速さがどれほどの不安や不便さの解消となっていることか実感する毎日。福祉用具の担当者さんにはいつも相談に乗ってもらって本当に感謝しています。(ニックさん、いつもありがとうございます)

この1年、平均3~6カ月と短いスパンでのご利用者とのお付き合いの中で、変化する身体状態についていけないご本人やご家族の気持ちに寄り添い、ご本人と家族との意見の相違などを周りの専門職と連携し支援することの重要性を噛みしめながら「ご本人らしく生きること」を実現できるようにケアマネージャーとして奮闘してきました。その為いつも書類が山積み(笑)。一体いつになったらこの山なくなるのかな~とため息が出ることも…。

そんな忙しい毎日の中で、迷ったり悩んだりした時、いつも思い出す言葉は「ケアマネージャ-は利用者の最後の砦」という言葉です。

新人ケアマネの私

私が介護支援専門員の資格試験に合格したのは平成28年。Eラーニングでの研修を終え、7日間のグループワークへの参加。3日間の居宅での実習。
当時ケアハウスで生活相談員の仕事をしながら、子供が受験生という環境の中、有給と公休を駆使しヨレヨレになりながらも(笑)やっと資格を取得しました。ほんと介護支援専門員証がきたときは、やっときた!って感じでしたね。

1年後、就活をして決めた初めての職場は介護付き有料老人ホームの計画作成担当者でした。最初の施設は96名を2人のケアマネージャーで担当しました。騒々しい環境の中でしたが、モニタリングを通して施設の問題点が浮き彫りになり、介護職員の質の向上やご利用者への接遇の改善など管理者と相談し、PTやナースと一緒に改善に取り組みました。
困難は多々あっても、どんどん変化し良くなっていく施設の中で利用者の笑顔が増え、車いすの方が歩行器で歩行できるようになる。排せつチームが発足し認知症の方の排せつが自立したなど素敵な変化に関わることが出来ました。

8か月ほどで同じ法人内の他施設へ異動が決まりました。異動して1週間は36名のご利用者の居室をご挨拶がてらアセスメントの為回りました。
以前のケアマネージャーはアセスメントやケアプラン、モニタリング、支援経過、その他諸々の書類をほとんど作成しておらず、それが原因で退職されたという経緯もあり、皆さん「ケアマネージャーって何する人?」という方ばかり。
今までケアマネージャーとの関わりがなかったことを感じました。今までどう生活したいか聞いてもらったことがなく、自分がどうしたいというより施設がどうしてくれるか、そこに合わせる受け身の思考しかありません。そしてそれはご利用者のみならず、施設職員も同じでした。

ある日のこと、PTさんから、『〇月〇日 車いすへ変更』とかかれた付箋を渡されました。
PT「これ○○さんのケアプランに貼っといてください」
私「?」「○○さん、歩行器から車いすに変更したんですか?」
PT「? はい」
私「なぜ?」
PT「歩行器では歩くのが難しくなってきたからです」
私「…」
一瞬言葉に詰まりました。
私「福祉用具変更が必要な時は教えてほしいです。本人や家族の意向もあるしアセスメントしてその後また相談したいので、その時は力になってください。専門職として意見お願いします」
PT「??? わかりました」

そのPTさんほんといい人なんです。決して悪意があったわけではなくそういう流れがその施設では当たり前だったから。
ケアマネに相談なしで勝手に福祉用具を変える。変えたらケアプランに付箋(笑)を貼る。という流れ。こうやって書いていてもびっくりしますが本当の話。

そんな流れがあるくらいだから誰もが見事にケアプランを無視。自分で食べられる利用者に食事介助(もちろんケアプランにはない)…。なぜ? と聞くと職員からは「ナースが言ったので」。ナースに聞くと「詰まったら危ないから」。歩行できるのに車いす介助。「転んだら危ないから」

このナースも決して悪い人ではなく、ただ利用者をリスクから守る、もしくは1日でも長く生きてもらうことが医療職の役目だと思っての判断。
看護師が介護職員にケアの指示を出し、介護職が助手のように動く。PTが身体状態を評価し福祉用具を選定。そこには利用者や家族の意向はかけらもなく、ケアプランを見ることすらありません。ケアマネージャーを全く必要としていない、その状況に本当に愕然としました。ケアマネージャーのいる意味って?! と心の中で叫びました。

最後の砦

そんな時、あるケアマネさんからメッセージをもらいました。

「悪気はなくても医療職は医療寄りに介護職は介護寄りのケアになってしまう。利用者目線ではなく従事者目線のケアになってしまう。だからこそケアマネージャーがそのケアが本当にその利用者に必要なケアなのか、利用者のニーズに沿っているかを見極める。ケアマネージャーは利用者の最後の砦」といった内容でした。
ケアマネは利用者の最後の砦…。その言葉が自分の中で心に響き、ストンと落ちていきました。利用者の最後の砦なんだと思うと自分が一人ひとりのご利用者に何をすればよいか、どうしていくべきなのか見えてきました。

まず担当者会議を開催。利用者、家族の意向を共有しました。またプラン内容の確認や困難事例の検討を全体会議でナース、PT、介護職で行いました。
2カ月ほどでだんだん職員みんなに一人ひとりの利用者のケアの方向性が浸透し、情報を共有できるようになりました。介護職員からケアプランに提案や意見なども活発に出るようになりました。

指先の皮をむしる癖がある認知症のSさんは毛糸編みが趣味だった、とご家族から介護職が聞きだし、かぎ針と毛糸を渡しました。一日中、夢中になって編み続けるSさん。2週間後には指先がすっかりきれいになりました。私が来た頃は指先を触るだけで職員が駆け付け「だめ」といって手を押さえていたのが嘘のようです。更に無表情だったSさんに笑顔がでて、編み物の話題で他利用者とも交流が出来るようになりました。

糖尿病で片足がないWさんは脳梗塞の後遺症であまり話せないけど音楽が大好きでした。以前はうまく話せないため音楽が鳴るとうれしさでティッシュ箱をテーブルに連打するので、うるさい!と他のご利用者に怒られ、職員がティッシュ箱を近くに置かなくなりました。でも毎日のリズム体操の時間に職員が横に座り、一緒に掛け声をかけるようにしたら、活気ある体操の時間となりみんな喜んでくれるようになりました。
Wさんも大きな声でストレス発散でき、介護拒否が減りました。レクリエーションの盆踊りでは和踊りに職員が車いすごと連れ出し、「うれしかった」と涙を流して喜んでいました。

なかなか改善が難しかったのが、70代で肺に疾患があるHさん。意向は「お風呂に入りたい、誰かと話したい、トイレで排せつしたい」。
Hさんは既往症から酸素療法を行っていました。私が異動して来た頃から症状は悪化し、酸素濃度が下がるという理由で入浴はできず居室で清拭のみ。排せつも同じ理由で床上となりました。Hさんおむつ内になんかできないよと何度もナースコールを鳴らします。ADLは自立しているのに食事も居室で食べ、テレビが友達。Hさんの命を繋ぐための酸素の管がHさんを居室から出られない状態に。さみしくて不安でナースコールは頻回になりました。

ナースに相談すると「死んでもいいんなら」と言われ、途方にくれました。職員たちの「死」への恐怖がHさんのQOLをどんどん低下させていきました。Hさんは「もちろん死ぬのは怖い。でも風呂に入りたい。生きてるんだから」と話されました。
私は何度もナースや管理者へ生活の改善や入浴の検討を依頼しました。Hさんともご家族とも話し合いました。どうにか入浴できる方法はないか、介護職から聞き取りし、みんなに問いかけました。更には、主治医まで巻き込み、担当者会議を開催。医師からの了承、ご家族からの了承を取りつけ、何とかこぎつけた3か月ぶりの入浴。Hさん、最初は不安そうだったけど入浴後は、「あ~最高だったわ。ありがとね」と話されていました。

その後、私は同法人の居宅へ異動となり、Hさんは2か月後、ご逝去されました。

あとがき

昨年、たくさんの経験をさせってもらった法人から離れ、300㎞以上離れた札幌市へ引っ越してきた私ですが、「最後の砦」という言葉を忘れたことはありません。あの悩んでいた時にこの言葉をいただいたおかげで、今も私はケアマネージャーとして頑張っています。
私のようにもし今、悩んでいる方がいたら、ぜひこの言葉の意味と私たちケアマネージャーとしての価値を知ってもらいたい。そう願いを込めてこのコラムを書きました。色々と思い出しながら、とても楽しい経験をさせていただきました。ありがとうございました。

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