第6章 「認知症」予防の話 第1節 何を予防?原因がはっきりしない中、何を予防するのか?1項・認知症と脳機能
認知症の鍵は実は脳
ふつう、病気の予防と言えば、原因に立ち向かう方法やそれを回避する方法をさします。しかし、認知症疾患の多くは原因がよく分からず、これらの方法を講じるのは困難です。
では、認知症疾患に対しては何を予防すればよいのでしょう。その鍵は、実は脳にあります。脳は大切であるというのは勿論ですが、機能維持にその環境を整えておくのが綿密で緻密であるということ、安定性が実に優れている臓器です。頭蓋骨という骨組織に脳全体が囲まれ、外部からの力が直接及ぶことがないようにガードされ、その内側に硬膜、クモ膜、軟幕と3種類の膜に包まれています。しかも、栄養を運ぶ血管もその血管膜はおいそれと通過できない構造になっていて、脳血血管関門と呼ばれる装置を有しています。これがゆえに有害となる物質は簡単に血管膜を通過できません。
これだけ厳重に守られている脳が疾患に侵されるとなると、その脅威から脳を守るのは、脳に備わっている防御機構か新たな防御組織を形成するしかありません。
認知症の予防は脳に起こる変化を予防すること
そうした中で、脳を守る、脳の疾患を予防するために何をするべきかを考えてみましょう。
脳の機能は、神経細胞の繋がりの神経回路で産み出されます。神経細胞は数十億とも言われてとてつもない数で、その繋がりは一つの神経細胞が数百から数千の神経細胞に、シナプスという接合部を介して情報を電気信号として、次の神経細胞の膜に電位変化を起こして情報を伝えて、脳機能を作っています。認知症ではこの神経細胞の障害、シナプスの障害としてこの信号伝達を犯していきます。
そうしますと、認知症の予防は脳に起こる変化を予防することになります。繰り返しますが神経細胞で起こる変化(封入体、神経原線維変化)を予防することは、現段階ではできていません。とすれば、何をどう予防するかと言いますと、障害されていく神経細胞の繋がりに代わる、残っている神経細胞を使った代替えの神経回路を作って脳機能を守って予防することになります。
脳機能が作られ方
先ほど書きましたように、脳機能を作る仕組みは、神経細胞が次々に繋がって情報を伝え、統合していくことで成されていきます。
神経細胞本体から次の神経細胞に向かって伸びる軸索と呼ばれる神経線維に電気信号が伝わり、次の神経細胞に繋がるシナプスで伝達物質が電気信号で放出されて、次の神経細胞の膜に付着して電位変化を起こさせて電位変化として情報を伝えます。
これで、情報が電気信号を通し、伝達物質を介し、電位変化を起こして伝達していくのです。
一つの神経細胞が多くの神経細胞に情報を電位変化として伝え、逆に情報を受ける神経細胞から見れば、多くの神経細胞からの情報を電位変化として受け取っています。その伝えられた電位変化が統合されて、次の神経細胞に新たな情報として伝えて、脳機能が作られていきます。一つの神経細胞でなくいくつかの神経細胞の集合で情報が伝えられて、脳機能を形成する構造です。
したがって、壊れていく神経細胞は脳機能を形成する一部ですから、残りの神経細胞が生きていれば脳機能は維持されていくわけです。
このことに注目すれば、何を予防するかが見えてきます。これに注目したトレーニングをすれば脳機能維持として予防が出来ます。
占部 新治(うらべ しんじ)
- 経歴
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- 1976年
- 北海道大学 医学部 医学科卒業
- 1980年
- 北海道大学 大学院 医学研究科生理系修了 医学博士
- 1980年
- 北海道大学 大学院 医学研究科生理系修了 医学博士
- 1981年
- 北海道大学 医療技術短期大学部 理学療法学科 助教授
(現:北海道大学 医学部 保健学科)
- 1995年
- 札幌医科大学 精神医学講座 講師 外来医長
- 1999年
- 札幌医科大学 保健医療学部 作業療法学科 教授
- 2001年
- 札幌医科大学 大学院 保健医療科学研究院 教授
- 2007年
- 北海道大学 大学院 保健科学研究院 教授
- 2011年
- 京都 三幸会 北山病院 副院長
- 2013年
- 京都 三幸会 第二北山病院 副院長 現在に至る
- 専攻領域
- 精神医学、 神経科学、 リハビリテーション医学
- 主な著訳書
- 日経サイエンス「 運動の脳内機構」 E.V.Everts著
- 主な著書
- 臨床精神医学講座 S9 アルツハイマー病(中山書店)、精神医学 標準理学療法学・作業療法学 専門基礎分野(医学書院)、「学生のための精神医学」(医歯薬出版)
- 所属学会
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- 精神神経学会 専門医、専門指導医
- 老年精神医学会専門医、専門指導医
- 認知症学会専門医、指導医
- リハビリテーション医学会 臨床認定医
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