第5章 車の運転の話 第1節 何が運転を危険にしているのか、コレをチェック!1項・車の運転と認知機能
車の運転に必要な空間の認知
車運転の危険性が高齢者事故の増加と共に大きな社会問題として言われ始めて10年猶予が過ぎました。この間、認知症と自動車運転事故の関係が叫ばれ、自動車運転免許証の交付に認知症検査と思しき検査が実施され、運転免許の交付に向けた多くの条件が増えました。
認知症と言っても、その診断には客観的な診断方法はなく、脳画像や普段の行動を本人や家族にチェックしてもらう検査でなされています。これらは、言語を介した検査で、聴覚機能や発話機能が大きく関わり、さらには検査を口頭でされる環境で心理的な負荷を受けた状態でなされるため、検査環境によって大きく左右されます。自動車の運転技能に、言語機能も関係しますがもっと直接的な、視覚機能、視空間認知機能、ワーキングメモリー(作動記憶:行動をする際の指標になる情報を行動開始から終了まで保持しておく機能)が大きく関わっていますが、こうした機能の検査はほとんどされていません。
自動車を運転する状況を考えてみてください。道路を走るには、道についての案内板や道路標識をみること、どの道を通るのかそのためには車をどの道に向けて、走らせるのか、こういったことは指標の情報読取りと周囲の空間認知がまず関わってきます。標識の案内板の道路選択が出来ても、それは自分のどちらにある道路なのか、右の道路なのか左の道路なのか、それを選択できるには、自分を中心とした空間の認知が出来ることが必要になります。
この視空間認知の機能について、話を進めます。これは、
➀モノをみる目の機能
➁あたりを見回す眼球運動機能
が必要です。この2つの機能が統合して、視空間認知機能を作り上げ自分の周囲の景色が分かり、認知できて自分のいる場所についてもイメージできます。
目の機能の検査と眼球運動の検査
➀先ず、モノをみる目の機能は、視力検査や視野の検査を受けて機能評価されます。視力検査は、片目を塞いで指標(ランドルト氏環)がどのように見えるかを聞かれて答える検査で、車の運転免許試験や、小学校からの学校検診で、また眼鏡を作る時の検査でおなじみのモノです。
視野検査は、目の前の1点を注視している状態で、視野のあちこちに黒い点を端っこのほうから近づけていき、見えれば合図する方法で、視野の状態を調べる検査でなされます。
➁眼球運動の検査は特殊で、暗い中で赤いLEDランプを見つめて、ランプの動きを眼で追う円滑性眼球運動と、LEDランプを注視していると突然にLEDランプが消え別の場所にLEDランプが点いてそちらへ視線を移動させて注視する急速性眼球運動の2種類の目の運動を検査します。他にも、明るいところで注視している指標(LEDランプ)が自分から遠ざかるのを見続ける解散運動、自分に向かってくるのを見続ける輻輳運動の2つを検査します。これらで、眼球運動の状況を調べます。車の運転では、あちこちにあるモノを見ることが多く、視線を急に別の場所に動かすことが多く、急速性眼球運動を良く使用します。動き続けるものを目で追う場合は、円滑性眼球運動、追従性眼球運動を使って指標を追い続けます。眼球運動と脳の関係は本当はもっと複雑で緻密な構造ですが、本稿ではここまでにしておきます。
占部 新治(うらべ しんじ)
- 経歴
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- 1976年
- 北海道大学 医学部 医学科卒業
- 1980年
- 北海道大学 大学院 医学研究科生理系修了 医学博士
- 1980年
- 北海道大学 大学院 医学研究科生理系修了 医学博士
- 1981年
- 北海道大学 医療技術短期大学部 理学療法学科 助教授
(現:北海道大学 医学部 保健学科)
- 1995年
- 札幌医科大学 精神医学講座 講師 外来医長
- 1999年
- 札幌医科大学 保健医療学部 作業療法学科 教授
- 2001年
- 札幌医科大学 大学院 保健医療科学研究院 教授
- 2007年
- 北海道大学 大学院 保健科学研究院 教授
- 2011年
- 京都 三幸会 北山病院 副院長
- 2013年
- 京都 三幸会 第二北山病院 副院長 現在に至る
- 専攻領域
- 精神医学、 神経科学、 リハビリテーション医学
- 主な著訳書
- 日経サイエンス「 運動の脳内機構」 E.V.Everts著
- 主な著書
- 臨床精神医学講座 S9 アルツハイマー病(中山書店)、精神医学 標準理学療法学・作業療法学 専門基礎分野(医学書院)、「学生のための精神医学」(医歯薬出版)
- 所属学会
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- 精神神経学会 専門医、専門指導医
- 老年精神医学会専門医、専門指導医
- 認知症学会専門医、指導医
- リハビリテーション医学会 臨床認定医
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